Monthly Archives: 5月 2015

事務員からガイドの仕事へ

短大を出て、栄養士の資格を取った私は、
老人施設で栄養士として働くことになりました。

それからすぐ、会社の社長である父の取引先の会社の方が、
事務員として働いてくれないかと誘われ、
栄養士の仕事が思っていた以上に気を遣う、
大変な仕事だった為、
転職しました。

そこで10年以上、働きました。
簡単な仕事でした。
簡単すぎて、半年で私はつまらなくなっている自分に、
気がつきました。
でも楽だった。
楽なことに慣れてしまって、
つまらないことには目をつぶりました。

でも10年たって、
30を過ぎたとき、気が付いてしまったのです。
新しい女子の社員が入ってきて、
彼女は私の仕事を、
入って半年でこなせていることに。

いえ、それだけではありませんでした。
彼女は若く、入ってきたばかりなので、
生き生きと仕事をしていたのです。
私は、半年目の彼女に、負けを感じ、
卑屈になり、上司にもっと上の仕事をさせてくれ、と、
入社以来初めて言いました。

上司は笑って、
今さら言われても、と言いました。
寿退社すると思ったのに、とも言われました。

私は老いた両親と相談し、
会社を退職し、今はガイドの仕事の見習い中です。
小学生の時、学校で行った水族館の、
明るく元気なガイドさんに憧れたことを思い出して。

30過ぎた私ですが、
生き生きとした人生を、もう一度取り戻します。

アラフォー女子の遅すぎた後悔

20代の頃は仕事は永遠にどこかにあるものだと思っていました。
最初に勤めた会社は高校の求人だったけれど、不況で半年後にはボーナスカット。

体力的にきつかったこともあり、1年経ったことをきっかけに辞めました。それから親戚の店の手伝いやコンビニやファーストフードのアルバイト、喫茶店のウエイトレスなど様々な職に就くも、人間関係で揉めたり、仕事が体力的にきつくなると辛抱できず、半年から1年のスパンでどんどん仕事を変えていきました。私の周囲の友達の大半は同じようなフリーターばかりで、皆それぞれの趣味を楽しみながら、仕事は気に入らなければすぐに辞めていたので、それは当たり前なのだといつの間にか思っていました。

変化が起きたのは30代半ばのある日、突然父親が勤めていた親戚の店が倒産、連帯保証人だった父は家を売却することになり、私も家を出ることになりました。

その時ふと我に返ると、あの時のフリーター仲間はもう誰も近くにはいなく、数少ない地元に残った友人達は結婚したりいつの間にか定職に就いたりしていました。

結婚もせず定職が無いのは自分だけ、という現実を今更ながら思い知り、遅ればせながら社員を目指して転職活動をすることにしました。しかし、この年までまともな定職に就いたことのない身では転職は難しく、結局は契約社員など非正規雇用になるのがやっとという厳しい現実に直面しています。

いつの時代も仕事を探すのは難しいけれど、若いうちにもっと真面目に考えて正社員を目指して頑張っておけば、と後悔が尽きません。

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